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空っぽであること 2008.12.26


今学期学んだこと。
以前も似たようなことを書いた気がするけど、やっぱり人との関わりというのは本当に大切だなあ、と。
内に閉じこもっているだけでは本当に良い発想は生まれない。少なくとも自分の場合は。
もちろん一人で考えて、思いつかないもどかしさに苦しんで、それでも手を動かして、イメージをふくらませていく過程が大前提としてあって
でもそれだけじゃ、アイデアはふくらむけど、内に閉じたふくらみ方しかしないのだと思う。
自分の中で完結させちゃだめだ。



自分、というものは
底知れないくらい、空っぽなものだと思う。そしてブラックホールみたいに暗闇が広がっている。
今の自分にとって「何かを作ること」とは、その底知れない暗闇の中で、出力すべき「何か」をつかもうともがいているような感じ。
新しいものを生み出そう、何かを思いつこうという、追われるような気持ちを原動力に、手を動かす。
何もない暗闇の中をあれやこれやとひっかき回す。
でもさ、何もないところから新しいものは生まれないんだよ。
仮にぱっとアイデアが浮かんだとしても、それはちょっとした断片に過ぎない。
その断片をかき集めて一つのものを作っていくんだけど、周りを見ずに一人でやっているとなんだかおかしなことになる。
なんというか、表面的/平面的なアイデアで終わってしまう。自分の場合は、だけど。
例えるなら、ジグゾーパズルみたいな。平面的なんだよね。
それはあくまでイメージでしかない。
絵を描いたりするときはこれでも十分なんだけど、デザインみたいに実際の「もの」を作るとなるとそれだけじゃ全然足りない。
本当に到達したいところはジグゾーパズルみたいな絵ではなくて立体的で明確な「もの」だ。
イメージではなくて「もの」の地点まで到達しなきゃいけない。
自力で完成させたたくさんのパズルを、今度は立体的に組み上げていく。
周りとの関係の中で、人との意見交換との中で、批評や批判の中で、慎重にイメージを積み上げて行く。
そうやって、いろんなものとの間の絶妙なバランスの上で、最終的な「もの」かたちが定まってくる。
長くなったけど、今の自分にとってのものづくりってそんな感じだ。




わかりにくい表現だらけで自分で読み返すのもやや苦痛だけど
頑張って吐き出した言葉だからあえて訂正はしないでおく。
こうやって考えを言葉にするのもまた、暗闇の中でいろいろひっかき回しているような感じがします。
人間なんてみんな空っぽだと思う。
断片的な思考でごった返しているようで、実はとてつもなく空っぽなんだと思う。
直感的に浮かんだことの残像を、もう一度つかもう、思い出そうと苦しんでいるんだけなんだと思う。
それは夢に似ているかもしれない。
眠っている間確かに見たイメージなのに、目が覚めると思い出せない。
思い出そうとしても思い出せない。
そういうときに自分が空っぽであることに気付く。
明確だったはずのイメージも目が覚めれば意識の闇の中に吸い込まれていってしまう。
思考だって同じじゃないのかな。
気を抜けばすぐに残像になってしまうし、その残像だって気を抜けばすぐに闇の中。
だからこそ手を動かして、書き留め/描き留めていくことが大切なんだと思うよ。
すぐ吸い込まれてしまうからね、思考なんて。
いろいろなことを思いつく自分の中に、思考を飲み込んでしまうブラックホールがあるなんて、矛盾していると思う。
でもその矛盾に気付くことって大切なんじゃないかな。
人はやがて忘れてしまう。
そのことに気付かないと、本当に何も残せないまま、すべてが自分の中に飲み込まれてしまう気がするよ。
全てが無意識に沈んでしまうのは怖すぎる。

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